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小説 『屍者の帝国』 感想 複雑化した情報は質量を持つ

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伊藤計劃さんと円城塔さんの共著。

伊藤計劃さんが序章を遺し早逝された後、円城塔さんが完成させました。

 

伊藤計劃さんの作品はSFな世界観とその中で論じられる哲学的なテーマが魅力的で好きです。

しかし、正直に言うと今作はごちゃごちゃしていて何がテーマか私には難しくて分かり辛かった。今まで読んだ伊藤計劃作品がいかにシンプルで分かりやすい物なのか実感しました。なので今作は読み終わってもあんまり読了感が無く、モヤモヤした感じが強く残ってしまいました。

 

一応の物語と感想をまとめておきます。間違っている部分があったら指摘して頂ければ助かります。

 

屍者の帝国のテーマ

虐殺器官でのテーマは人間の良心について。またその良心がある状態から虐殺に至る過程を語られていました。言葉や死についてもたくさん出てきました。

 

ハーモニーでは一歩踏み込んで人間の意識について。人間の進化の行き着く先は全てを自明に選択できる状態、すなはち意識の消えた状態であると。それは人間と言えるのか?など語られていました。

 

屍者の帝国の序章では"屍者"という概念の紹介。そして死者と生者の違いである"魂"について。人は死ぬと21グラム減少する事を根拠に動物磁気や霊素という概念を用いて語られます。終盤は魂の2通りの解釈が、ザ・ワンとヘルシングの対立によって描かれます。

 

この「魂」が今作のテーマでした。

良心→意識→魂といい感じに進化してます。

 

・ザ・ワンとヘルシングの賭け

意識や魂はあらゆる生命に存在するか、それとも人間固有のものかという賭け。

 現代に生きている我々はそれは前者が正しいと分かりますが、作中は19世紀。当時の人々には分かりません。しかし屍者に意識はあるのかは我々にとっても謎です。

 

後半は人間と屍者とは別の存在であるザ・ワンが出てきます。ハダリーもザ・ワンと同じような存在。

人間は実は菌株に支配されており、ヘルシングが信じていた人間固有の魂は菌株が見せる夢の様なものだという話が出てきます。なんかひぐらしみたいだな。

霊素はその菌株と人間を繋ぐ言葉だというのです。

そして菌株には屍者化の言葉を受け入れる拡大派と、その言葉を拒否する保守派が存在していると。死んだあとは数が減り、何割かが”屍者化の言葉”によって不死化する。

ここの宿主が死んでも菌株は生きたままで、菌株が屍者化されるとまた動けるようになる原理がよく分かりませんでした。生きてても死んでも派閥の割合は変わらないと思うし。どうやって死んだ脳を再び働かせることができるようになるのかも謎。

 

さて、もし菌株の言葉を完全に理解し、保守派の説得に成功したらどうなるでしょう?

ザ・ワンは拡大派の菌株が保守派を駆逐し、生者が屍者と同じになってしまうと考えました。屍者の帝国。そして全人類が不死化し滅亡する。

ザ・ワンはそんな未来をなくすために拡大派(屍者)の封印を目指す。菌株など信じていないヘルシングは、屍者は必要だと考えそれを阻止しようとする。世界の滅亡がかかった賭けになるのです。


しかしこれはザ・ワンの見解で、納得できないなら菌株はXにして自分の納得するものを入れるといいと言う。ヴァン・ヘルシングはXを言葉と言った。
ここのXが作中では確定しておらず、分かり辛い原因だったように思う。

また円城さんは魂と意識を同じものとして書いていたのでそれも分かり辛かった。意識、魂、夢、全部同じです。

エピローグではフライデーが意識、魂を持っていたことが明かされます。私にとって屈指の感動的なエピローグでした。

賭けはザ・ワンの勝利です。
 

・人間の魂の重さは21グラム

情報が複雑化したらどうなるのか?

この作品の世界では、複雑化したパターン(情報)は質量を生み出します。要するに物質になる。この原理が肝。

 

脳に流れる電流パターンが複雑になった結果生まれたのを魂と呼んでおり、その重さは21グラムです。

 

これは解析機関にも当てはまります。解析機関は霊素の振る舞いをシミュレーションなどに使われる計算機です。フランスの解析機関グラン・ナポレオンは、上述の原理によって複雑な計算パターンが砂になり、解析機関の歯車に挟まってエラーを起こしています。

 

ハダリーはこの砂を"解析機関の夢"と呼んでいました。魂ではなく夢と。機械である自分には魂などないと言っているようにも思えます。

屍者は解析機関を用いて作られた電流パターンにより生まれます。屍者と生者を分かつ"不気味の谷"は解析機関の夢によって生まれました。

 

 

・円環構造

X→人の意識を構成

人→解析機関の意識(夢)を構成

解析機関がXの意識を構成できれば円環を作れる。このループを作ることができれば、どれか1つが誤った選択をしても他の2つを通して正しい選択に戻してやれる。まさに運命共同体となれるのです。

もし人間が屍者化を選んだら解析機関は滅亡してしまう。このループがあれば解析機関はXを操り、人間にその選択を辞めさせることができるのです。

ザ・ワンは解析機関と菌株の言葉を理解し、イギリスの解析機関チャールズ・バベッジを自分の制御下に置くことで、物質を情報化する技術を手に入れます。賭け自体も大事でしたが真の目的は失った伴侶を取り戻すことでした。菌株の結晶を元に伴侶を作ってめでたしめでたしが物語のラスト。

円環は構成されませんでした。

 

・スペクター

スペクターの正体は脳の欠陥です。その欠陥は脳が非常に複雑になったから生まれた物なのです。「複雑でかつ欠陥のないものは存在しない。」という原理に従ったまでの事。これが屍者の暴走を引き起こしました。勝手に生じるものなので止める手立てはまだ見つかっておらず、屍者を全て根絶やしにするのが唯一の方法。

生者の虐殺器官と似ています。

 

・屍者

単一のネクロウェアによって生きている→すべての行動が自明という点でハーモニープログラムを起動した後の人類と同じです。

 

・雑感

過去作との繋がりが感じられて面白かったです。

ただ今回の主人公は葛藤や揺らぎがあまりなく、只の観測者としての印象が強かった。

物語はただ語られるのではなく、適した場所に適した聞き手が必要。納得できないと理解できない。といった人間の理解の仕方の話が結構好きな考え方でした。