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わたかぜの忘備録。映画、アニメ、小説などの感想をメインに

小説「ハーモニー <harmony/>」感想 ”完璧な”人間の先に待っているものは

伊藤計劃さんのSF小説です。

約一年前に一度読みました。その時期に映画も公開されましたが、小説だけでかなり満足したのと公開映画館の少なさ、あまりよい評判を聞かなかったのもあって見に行かず今に至ります。

伊藤計劃さんの別作品「虐殺器官」の映画も同時期に公開予定でしたが、アニメ制作会社マングローブの倒産により公開延期になりました。この映画は来年の2月3日に公開される予定です。

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・世界観

<大災禍>と悲劇が起きた後の世界。核戦争により未知のウイルスが生まれ世界に病気が蔓延しました。世界は病気を駆逐するため資本主義社会から命と健康を第一とする医療福祉社会に変化します。その結果病気や戦争がほとんどない平和な世界が誕生。ユートピア。現在の人々はWatchMeと呼ばれる全身を監視されるシステムを体内に埋め込み、メディケアという個人用医療薬生成システムを所有している。

 

「健康」、「平和」と聞くと一見いいように思えるのですが、その行き過ぎた思想は酒やたばこの禁止に始まり、食事メニューの制限、倫理セッションや健康カンファレンスへの参加(ほとんど義務)、殺傷表現のある小説や映画の閲覧禁止などなどとても息苦しい社会になってしまっています。

そんな優しさで首を絞めつけらるような社会に疑問を持つミァハ、トアンのお話

 

・欲求と意志と意識

この作品では以下のように考えられています。

意識の関心を惹き、強く印象付ける心理作用のことを「報酬」と言う。快楽や精神的充足、痛みなどのこと。この「報酬」によって動機づけされる様々な「欲求」がせめぎ合って最終的に下される決断を「意志」と呼んでいる。会議を思い浮かべると分かりやすい。会議の場で欲求のモジュールがそれぞれ主張しあい、調整して、結論を出す。その過程と結果を纏めて「意志」と言う。

 

人間の価値判断には一種の非合理性がありこれを何とかして制御してやれば合理的な「意志」を持つ完璧な、理想的な人間ができると科学者たちは考えた。

その結果何が起こったのか?確かに合理的な「意志」を持つ事が出来たが、同時にわたしはわたしであると認識している状態、すなはち「意識」が失われた。

 

この哲学的でSF的な展開がこの作品の魅力です。内なる自然までもを支配下に置こうとした人間の末路。

「意識はないけど意志はある。しかしその意志は人工的に制御されたものである。」

これでは人間と言えるのでしょうか?肉体こそが人間の本質か、それとも精神こそが人間の本質か。

ミァハはもちろんyes派。トァンは理屈では正しいと思っているけれど完全に納得はしていなかったように思います。完全に納得しているのなら復讐するかどうかは調和された後の世界の自分に任せてあげるはずです。 

「あなたの望んだ世界は実現してあげる。だけどそれをあなたには与えない」

同志であるミァハへの憧れ、そのミァハの壮絶な過去、調和した世界、父とキアンの死。様々な葛藤の結果トァンが選択した意志はこうでした。やっぱり人間ってこれなんだよ!この壮絶な葛藤こそが、この高度な意識こそが人間を人間足らしめているものだと自分はどうしても思ってしまいます。みなさんはどうでしょうか?